2024年03月27日
ネグレクト
小学生を卒業する時、皆勤賞をもらいました。
一日も休むことなく学校に通ったのです。
特別体が強かった訳ではありません。半ば無理やり皆勤賞を取らせられたのです。
そこにあったのは母のエゴ、ADHDの特質でした。
幾度も体調を崩しました。
39℃近い熱があったこともあります。母に体調が悪いと何度も訴えました。
それでも無理やり学校に行かせられたのです。しかも冬でも半そで半ズボンで。
母にとっての私は体の強い子供でした。そこにあったのは自分が皆勤賞をもらって
褒められたということ=体の強い子は良い子という思い込みだったのでしょう。
母にとっての’理想の子供’であることを無理やり押し付けられたのです。
では過干渉だったかといえば?
まったく真逆でした。元気な子供、という事柄以外に関して母は無頓着でした。
私の髪が伸び放題でも何も言わず、数日風呂に入らず悪臭が漂っていたとしても
まったく無頓着。友達が出来ず一人で遊んでいること(自閉症の傾向があった)
に関しても何も言わないような人間でした。
子供に対してまったくの無関心と体の強い子という執着以外の無頓着、
故のネグレクトを受けていたのです。その傾向に輪をかけたのは父が仕事で忙しく、
毎日午前様でほぼ家にいることが少なかったことも影響したのでしょう。
家の中は一応掃除はしていても適当な掃除のため、
埃やゴミがたまっているところもありました。
分かりやすい例をいうなら、食器や鍋は一応洗う。しかしちゃんと洗っていないため、
鍋には何かの葉や海苔がへばりついている、というようなことは日常茶飯事でした。
それでも母は気にならない様子でした。
私への無頓着と同根で注意の散漫さが影響していたのでしょう。
母はコミュニケーション強者=ASDではなかったのは確かです。
しかし今思えばADHDであったことは間違いないと感じます。
ponkoturobota at 11:01│Comments(0)