2024年01月

2024年01月31日

孤独・孤立2

家庭は安息の地だったのか?といえばそれも違いました。
私は家族の中でも浮いていました。

父、母、二人の弟。
家族みな、発達障害はなく、コミュニケーションがとれるのです。
特に母と一番下の弟はコミュニケーション強者でした。
友達も多く、どのような場でも、誰とでもすぐに仲良くなれるような人間でした。
どのような場でも中心になるような人間、華のある人間、それが母と弟でした。

家庭でも母と弟は中心でした。
彼らを中心にワイワイと華やかな家庭だったのです。
しかし、私がその輪に入っていくと様相が変わりました。
会話が途絶えます。そして一人、また一人その場から去っていくのです。
(それは家庭だけではなく、学校などでもそうでした)
そして最後には私だけが取り残されました。

ワイワイと話している家族を遠めに見ながら
二階にある自分の部屋に籠っている、それが私でした。
家庭での孤立、それは何よりも辛い状況でした。

そんな私を家族は腫物のように扱いました。
極力触れぬように、それとなく距離をおいて付き合ったのです。
母は私のことを腫物のように扱いながらも、親子の愛情からでしょう。
ちょっと変わっているけれど‘普通の子‘として扱いました。

・・・違います。
自分の子は普通だと思い込もうとして、明らかに普通ではない私という存在から
目を背け続けてきたのです。


ponkoturobota at 19:10|PermalinkComments(0)

2024年01月26日

孤独・孤立


発達障害と切っても切り離せないものといえば孤独・孤立です。

私は子供のころからずっと孤独・孤立に悩まされてきました。

学生時代は地獄のような日々でした。
簡単に言えば、学校の休憩時間中ずっと机に伏せて寝ている子供。
それが私でした。

新学期が始まったとき、頑張って友達を作ろうとしました。
話し方の本で得た知識通り、自分から話しかけ、笑顔で聞き上手を心がけようとしました。
しかし基礎的なコミュニケーション能力の欠如(共感力や発想力の欠如)や、
発達障害ゆえの挙動不審もあり、数分話すと相手が気まずそうに私を避けるのです。
そしていつもの通り孤立していきました。

結局私にできることは机に突っ伏して寝るだけ。
本当は寝たくなんてなかったのです。皆が賑やかに話している中で、自分は話す相手はいない。
かといってやることもない。だから寝ているふりをしていただけなのです。

グループでの課外活動や二人組になってやる体育の授業などは地獄のような時間でした。
誰とも組むことが出来ず、先生と体操したり、あるいは一人でポツンと何もせずやり過ごす
のがいつもの過ごし方でした。先生方にとっては困った生徒だったと思います。

孤立している私を気にかけてくれる先生もいました。
グループ分けの時など、それとなくクラスのリーダー格の生徒に声をかけてグループに
私を誘うように言ってくれたのです。確かに余りものとして晒されないのはありがたいこと
ではあります。しかしそのような生徒の属するグループは人気者ばかりが集まっている
グループです。異物にしか過ぎない自分がそのようなグループの中で過ごすのもまた地獄でした。


ponkoturobota at 22:13|PermalinkComments(0)発達障害 | 苦しさ